L u n a t i c R a i n しと、しと、しと。 それは静かに囁きながら、辺り一帯を霧で包む。 雨の中の、幻想的な雰囲気が好き。 葉っぱの上で、ぴちょん、と音を立てて踊る雫が好き。 自分の弱さを隠してくれる、雨が好き。 止まる事の無い雨粒は、私の肌に触れては弾き返され、地へ帰って行く。 それを何度も何度も繰り返して。 「何やってるんだろう…」 私はずっと一つの事を考えていた。 先日、任務先でリナリーが大変な事になった。 神経を遣られたようで、まるで人形のように動かないし、喋りもしなかった。 私も現場に居たから、今もその様子がしっかりと頭に浮かぶ。 でも、心を悩ませてるのは、それだけじゃ無かった。 あの夜、私はリナリーの様子が気になって、ラビやアレン君に内緒でこっそり部屋に行った。 忍者気取りになって、足を忍ばせて。そーっと、ドアを開けた。 隙間から彼女の姿が見えて。 さらに、視界を広げてみた。 ドキッ。 驚きで胸が高まる。 リナリーの、ベットの傍には、コムイさんの姿があったのだ。 (わ!ヤバッ!バレたら怒られちゃう…) そう思った私は、音を立てない様に静かに戸を閉めた。 が、途中でピタッとその行為をやめる。 ……だって、コムイさんが今まで見た事のない顔、してたから。 彼はリナリーの手を握り、眉を下げ、じっと彼女の顔を見つめていた。 それは妹を見る、と言うよりも、まるで愛しい人を見ているような感じがした。 ドクンドクン 身体中を流れる血が、一気に速さを増す。 コムイさんが、リナリーを…? う…そだ… 彼の顔がゆっくりリナリーの唇へと近づくと、やがて、影と、影は一体化した。 何かいけないものを見てしまった様な気がして、静かに戸を閉めた。 心臓の高まりが止まない。 呼吸が…上手く、出来ない。 胸が、苦しい。 私はわけもわからず、ただ、ドアの前で突っ立っていた。 それから、その事が気になって気になって仕方が無かった。 無意識の内に彼を避けるようになった。 任務の説明の時も、なるべく目を見ないようにしたりして。 リナリーとも、普通に喋れなくなってしまった。 何故だか解からないけど、全ての事が苦しくて。 何も考えたくないのに、自然と頭に浮かんできて。 このまま、雨と一緒に地へ帰る事が出来たらいいのに。 暫くぼうっとしてたら、誰かに声をかけられた。 「ちゃん。そんな所に居ると風邪引くよ?」 一瞬、眼鏡を外していたから誰かわからなかった。 でも、その声の主は、やっぱりコムイさんで。ドクン、と一瞬胸が高鳴った。 どうしよう……何か、緊張する…。 「いいんです。雨が好きだから」 「ははっ。雨が好きなんて、変わってるね」 そして彼は哀しい表情をして、僕は嫌いだよ、と付け加えた。 コムイさんは傍を離れる事なく、かと言って喋る事も無く、ずっと隣にいた。 心臓がドキ、ドキ、とまるで時を刻むみたいに正確に、かつ早く動く。 長く続く沈黙。鮮明に思い出される、あの日の夜。 ずっと、疑問に思ってた事…。 「コムイさんは…リナリーが好きなの……?」 沈黙に耐えられなくて、つい、口走ってしまった。 彼は一瞬驚いた表情を見せたが、またいつもの冷静な顔つきになった。 馬鹿だ…。そんな事聞いて、どうするのよ…。 きっと否定するだろうと思って、彼の返事を待った。だけど、出てきた言葉は別の物だった。 「だったら、どうなんだい?」 上手い、かわし方だと思った。 見当違いの質問が返って来て、私は何も言う事が出来なかった。 だったら、どうだと言うのだろう。 私に止めろと言う権利は無いし、かといって応援する気があるわけでもない。 自分が何を聞きたいのか、何を言いたいのかも、わからない。 「変だね、今日のちゃん」 そう言って、彼はちらと此方を見た。 コムイさんが怖い。普段はニコニコしてるのに、ふとした瞬間冷酷な目つきに変わる。 心まで凍らされてしまいそうな、そんな。今が丁度いい例だ。 きっと、怒ってるんだ。私が馬鹿な質問をしたから…。 雨の音と、頭の中でザーザーと鳴る騒音で、頭が割れそうに痛い。 突き刺さる視線が、痛い。胸が、張り裂けそう。 身 体 ガ 壊 レ テ シ マ イ ソ ウ 「ちゃん?」 「……好き」 自分の今の気持ちを、搾り出すようにして。精一杯の、言葉だった。 声に出す事で、初めて自分の気持ちに気が付いた。 リナリーとコムイさんの関係が気になってたのはただの言い訳で。 彼を避けてたのは、自分の気持ちに気付くのを恐れていたからで。 胸がざわめくのも、目の奥が熱くなるのも、彼に、恋してたからで。 「コムイさんが、好き…」 雨なのか、涙なのかわからないけど、頬にたくさんの雫が滴った。 「ありがとう」 コムイさんはそう言って、私の手を取ると、甲へとキスを落とした。 途端に魔法をかけられたみたいに、スーッと頭の中の騒音は消えていく。 再び顔を上げた時には、いつもの、柔らかい表情に戻っていた。 きっと、彼も苦しかったんだろう。 「戻ろうか」 彼に手を引かれながら、私達は黒の教団へと戻って行った。 そ れ ぞ れ の 想 い が 、 動 き 出 そ う と し て い た 。 2006/3/4 |