「やめ…助けてくれ……」
グシャッ
沢山の血を撒き散らして死んでいく人間。いつしか血を見るのが快感でたまらなくなった。
「命乞いなんてしちゃ駄目。男は潔く死ななきゃ」
いつからだろう…こんなにも捻くれてしまったのは。私にも花を見て感動したり、人が死んで悲しんだ時期があ
ったはずだ。だけどそれはもう疾うの昔の様な気がしてならなかった。ノアに生まれた事は嬉しく思ってるし、な
よりも家族が大好きだった。だけど…何だろう。何かが、足らない気がする。
「ーー!!!遊ぼ遊ぼー!!!」
「きゃっロード!!」
帰った途端、ロードが抱きついてきた。その反動で私は後ろに倒れこむ。頭を強く打つかと思えば、私達は誰か
の手によって支えられる形になった。
「ティッキィ!!」
「ロード、何でもかんでも飛びつく癖直らないのか?」
見上げればティキの呆れた顔。そういえば、彼に会うのは久しぶりだ。いつもティキは千年公から大量の仕事を
頼まれるため、帰って来るのがまれだった。たまに会ったとしても「よぉ」とか言って、頭をポンッと叩くだけ
で特に会話はしない。完全ガキ扱いされてるのがいつもたまらなく嫌だった。
「なぁ、ティッキィ達暇だろ?宿題…」
「ごめんねロード、私ちょっとやる事あって…」
「悪ぃな、俺もちょっと…」
「薄情者ー!!」と叫ぶロードを置いて、私達はそそくさと逃げ出してきた。もちろんやる事があるというのは逃
れるための言い訳。私達"家族"の中で、ロードの手伝いをされるのは何故か私とティキって相場は決まっている。
別に手伝うくらいいいんだけど、こう毎回毎回やられるとせっかくの休みが台無しになってしまう。ロードには
悪いけど宿題は自分でやってもらうしかない…かな。
仕事で疲れたのか、ティキは凄く眠たそうだった。彼は後ろを振り向かなかったけど、たぶん足音で私が後を
着いてっている事は気づいてるんだと思う。彼の背中を見つめるので精一杯で、何故か話しかけられなかった。
切なさで胸がいっぱいになる。喋りたい…ティキと、喋りたいよ…
そう思ってる矢先に、ティキがいきなり後ろを振り返った。「えっ!?」と驚く私を見て、彼は小さく笑った。
「何で着いて来るのかな?ちゃん」
「えっ…別に…方向が一緒なだけだもん」
「ふーん。じゃあ此処から先は俺専用の場所だから、着いて来るなよ?」
「何それ!…別に興味無いし」
と言いつつちょっぴり気になる。何だろう専用場所って。千年公が作ってくれたのかな?
ティキばっかりズルイ!!私も今度頼んでやろう…。
彼はニコニコしながら私の顔を見ていた。その笑顔が少し怖かった。何か企んでそうな、そんな感じ。
不自然に目を反らし、Uターンして帰ろうとした時パッと手をつかまれた。瞬間物凄い勢いで引っ張られる。
気がつけば、そこはあっという間に一面の草原に変わっていた。まるで、別世界のように…
「綺麗だろ?俺のお気に入りの場所」
「凄い…こんなとこあったんだ…」
血で染まってしまった私には、丁度いい場所だった。こんな風景、ずっと見てなかったから。
ティキはいつもこんな風景を見てたのかな。なんか少し羨ましいな…。
彼はいつもの様に煙草をふかし始めた。私はその様子に釘付けになる。
「ティキ、何だか痩せたね」
「そうか?最近まともな飯食ってねぇからな」
「千年公に言えば三ツ星で食べさせてもらえるのに」
「ははっそれもそうか」
そうやって軽く笑いながら、ティキは草むらに寝転がった。私もその隣に腰を下ろす。久しぶりに彼と話せて、何だ
か凄く嬉しかった。私にとって、ティキは特別な存在だったから…。家族とか、そういうんじゃなくて、もっと大切な…
きっと、これを恋って言うんだろうな。よくわかんないけど。
「ティキ?」
振り向けば、ティキは小さな寝息を立てながら眠ってしまっていた。舞い上がってた自分が馬鹿みたいで、思わず
大きなため息が漏れる。この先ずっと彼にとって私は恋愛対象外なんだろうな、って思うと無性に虚しくなった。
ふと、空を見上げたら雲ひとつ無い青い空が広がっていた。こんな空見るの、何年ぶりだろう…。いつも私の見る
空は黒くて、紅くて、醜かった。たぶん本当はそんな色してないんだろうけど、私の瞳にはそう写って見えた。
人を殺しすぎて感覚神経が鈍ったのかな。
しばらくぼーっと空を眺めてたら、ふいに「」って呼ぶ声が聞こえた。瞬間ぐいっと腕を引っ張られ、身体を
地面へと押し付けられる。何が何だかわからない私は仰向けのまま、ただ目を見開くだけだった。視界に入って来
るティキの顔…。それを見て、手を引っ張ったのは彼だったんだ、とやっと気がついた。
ティキは頬杖を着きながら私を見下ろしている。顔が近すぎて胸が張り裂けそうだった。彼の大きな手は私の髪に
そっと触れる。
「ティキ…///寝てたんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけどね。何か寝れなかった」
「え…何で…?」
「さぁな」
彼は私の目を見つめながら、ゆっくりと顔を近づけて来た。なんとなく来るかな、って思ったから別に驚きはしなかった。
自然と目を閉じて、彼と唇を重ねた。きっとティキにとってはこんなの挨拶と変わりないんだろう。それでも嬉しかった。少
なくとも私は"キスしたくなる"ような女に見られたのだから。(そうだと信じたい)
「ティキってわけわかんない」
「はは、よく言われる」
そう言って、また私の頭を撫でた。たまには子供扱いされるのも悪くないかな。
だって、大好きな彼の向こうには
綺 麗 な 青 空 が 広 が っ て る ん だ か ら
見 上 げ た 空 は 、 青 か っ た
2006/1/27