口の中は鉄の味がした。身体の至る所から流れ出る血は瞬く間に地面を真っ赤に染めていく。立っている力も無いほど体力は消耗し、間隔の短くなる呼吸は絶命の危機を暗に物語っていた。ぼんやりとする視界の中ではっきりと、真っ白な征服に包まれた男が微笑んでいるのが見える。

「初めまして、チャン」

しゃがみ込んでいる私の目の高さまで腰を落とすと、白蘭は楽しそうにそう言った。彼の真っ白な制服は、地面に広がる真っ赤な池によく映える。返り血を一滴も浴びてないところを見ると、実力の差は一目瞭然だった。どうせ殺されるのなら最後の最後まで足掻いてみようと思った私は、動けないながらもキッと彼を睨みつけた。

「イイね、その目。ますます気に入ったよ」
「…ふざけないで」
「大丈夫、君を殺す気なんてないから」

止めを刺す事ぐらい簡単に出来るはずなのに、白蘭はにっこりと微笑んだまま何もしようとしなかった。 殺す気は無い?ボンゴレを殲滅させようとしてるのに―?出会ってから今までずっと同じ表情を保ち続ける彼はまるで人形のようで、 そこから心理を読み取るなんて不可能に近かった。

「…何を、企んでる?」

何も言わずに彼の手がそっと頬に触れて、そのまま唇の輪郭をなぞった。白蘭の目からなかなか逸らせないでいる。怖い、というよりも、綺麗、だった。 拒む力くらいは残っていたはずなのにそれが出来ないのは、恐らく彼を異性として意識してしまっているから―。こんな事を考えるなんて、本当にどうかしてる。

「僕はさ、楽しければそれでいいんだよね」

顎を引かれゆっくりと彼の顔が近づいてくると、柔らかい感触が唇に当たった。ふんわりと漂う甘い香りが脳を刺激する。 出会ったばかりなのにどうして彼を受け入れてしまうのだろう? 少なくとも私たちは敵同士で、その敵に好意を寄せるなど決してあってはならない事だった。 無限の底に堕ちていくような感覚で、自分が犯してしまった大きな過ちに気づいたときには既に遅かった。 裏切ってしまった。もう、戻っては来れない。あとはただ堕ちていくだけ―。

「うちにおいでよ、チャン」

自然に溢れ出す涙は留まる事無く頬を伝い、気づけば私は彼の誘いにコクンと首を振っていた。




無限の闇に溺れる



2007/10/31