並盛中の生徒が次々に襲われ、沢山の犠牲者が出たのはつい最近の出来事だ。後に聞いたところによると沢田君や山本君、獄寺君もその事件に関わっていたらしい。うちの風紀委員長もその一人だ。一人で乗り込んで行ったって聞いたときには、心臓が飛び出しそうなほど驚いた。いくら強いからとは言え、何人も病院送りにしている得体も知れない相手に勝てる確率なんて、極めて低いに決まっている。私には待ってることしか出来ないから、ただただ無事で居る事だけを願った。
「なぁ、の鞄何か鳴ってね?」
「ああ…いいの。気にしないで」
「出ないでいいのか?ヒバリからだろ?」
「………」
マナーモードに設定した携帯が、鞄の中でバイブ音を響かせる。その発信源はきっと、というか絶対あの人なんだろうけど、私はその電話をどうしても取る気になれなかった。事件を終えてから、まともに彼とは話していない。というのも、私が避けているからなのだけど。
次の授業の始まりを知らせる鐘が鳴り、生徒達は慌てて自分の席へと着く。机の上に教科書とノートを広げ、黒板上を走るチョークの先をただ見つめた。長い事鳴り続いていたバイブ音が止まったと思うと、妙な緊張感から解き放たれた気がした。
ガラッ―授業が始まってまもなく、ドアの開く音がした。誰かが遅刻して来たのだと思った。普通はそう思うだろう。先生ですらも、何の疑いも無く「誰だ遅刻してきた奴はー」なんて言いながらパッと後ろを振り返る。
瞬間、沈黙。
同時にゴクリ、と息を呑む。誰も予想だにしなかった、あの、雲雀恭弥がこの教室に居るのだから。
「ねぇ。何で電話に出ないの」
殺気立った目や、声の調子によると、相当ご立腹みたいだ。雲雀君は窓際の一番後ろの席である、私の方目掛けてやって来る。目を合わせるのも怖くて、教科書で顔を隠した。隣の席の山本君が、「ヒバリ相当怒ってんな」って小さく耳打ちしてきた。
「」
あまりに近いところで名前を呼ばれたため、思わずビクッと身体が震えた。クラス全員の視線が、一点に集中する。
「ねぇ、聞いてるの?」
「…い、今、授業中だから」
「そんなの関係ないね。ちょっとこっち来てよ」
「えっ!?あの、雲雀くっ…!!!」
ぐいと腕を掴まれ彼の方へ引き寄せられると、雲雀君は私の腕を掴んだまま再びドアの方へと歩き出した。気まずい空気。誰もが一刻も早く彼がこの教室から出て行くのを願っている。ピシャリとドアが閉まるのを確認して、その途端教室中に安堵の息が漏れた。
教室を出たあと、そのまま私は廊下の壁際に追いやられた。何処にも逃げないようにと彼の両腕はしっかりと私の顔の真横に固定されている。こんなに至近距離で目の行き所の無い私は、雲雀君の目を見つめる以外出来なかった。
「怒ってるの?」
「べつに、怒ってなんか…」
「じゃあ、僕のこと嫌いになった?」
酷く、淋しそうな声。こんな声を聞くのは初めてで、そんな風に思わせてしまっていたのだと思うと少し胸が痛んだ。
「嫌いじゃない。嫌いじゃないの、ただ…」
「ただ?」
「私だけ何も出来ないなんて、悔しいの。雲雀君が何処かで戦っていても、私は待つことしか出来なくて…何でも一人で解決しようとしないで。私が居ること、忘れないでほしいの…」
言い出したら止まらなかった。途中で涙が溢れてきて、今まで言えずにいた事を全て吐き出して気分が軽くなったような、そんな気がした。
暫く続く沈黙。何だかその沈黙に耐え切れなくなって私はふと、視線を下にずらした。
「勘違いしないでくれる。僕は一人で戦ってるわけじゃない」
「えっ」と顔を上げた瞬間、雲雀君の頬と私の頬が軽く触れた。
「君が居るから頑張れる」
耳元で囁かれた言葉は、頭中に響き渡った。トクントクン、胸の鼓動は少しずつ、少しずつ、スピードを速めていく。
「好きだよ、」
そう言って彼は、ぎゅっと強く抱きしめてくれた。
白に溶けていく
私は何処までも あなたという白に溶け込んでいく
2007/6/1