ねぇ、会いたいよ

夜空に輝く満天の星。出迎えの人で賑わう駅のホーム。私は今日も独り、彼の帰りを待っていた。「まもなく列車が発車します ご注意下さい」最終列車の出発を知らせるアナウンスがホーム中に響き渡る。大きな荷物を抱えて慌てて飛び降りる男の人。逆光で顔は良く見えなかったけど、彼じゃないことはすぐにわかった。
プシュー、列車のドアが閉まる。「お父さーん!」隣に居た小さな女の子が、両手を一杯に広げて列車から降りてきた父親に抱きついていた。ドスン、音からしていかにも重そうな彼の荷物が、地面の上へと落ちる。傍に居た女性が、目に涙を浮かべて言った。

"お か え り な さ い"

私はこの言葉をもうずっと言えていない。




「骸ー!おかえりなさいっ!」
「ただいま…っていつから此処に居たんですか?」
「えへへ。だって今すぐにでも会いたくて!」
「…一人で待っていたら危ないでしょう」

「だいじょうぶだよ、さっきまで犬ちゃん達も居たから」そう言うと骸は少し呆れた表情を浮かべて、ゆっくりと私の傍に寄ってきた。ひょっとして、怒らせちゃったのかな?そう思って怖くて目を瞑ったら、不意に温かい感覚に包まれた。気づいたら、骸の腕の中。

「待っていてくれてありがとう、

耳元で骸の声が響くと、彼の唇が、優しく頬に触れた。





今思えばその時からだったかもしれない。骸が何処に居ても、何をしてても、ずっと彼の帰る場所で待っていよう、精一杯の笑顔で"おかえりなさい"と言ってあげよう、そう決心したのは。
目の前にある時計台は既に夜中の12時を回っていた。先程まで賑やかだったホームも、今では音一つすらしないくらい閑散としていた。頭上には、形の削った月が光輝いている。

目を閉じたら、一瞬で世界が真っ暗になった。

「…っ…骸、会いたい…」







「ただいま、




え…?

後ろから聞こえてくる、何処か懐かしい声。それを理解する間も無く、あっというまにその声の持ち主に抱きしめられてしまった。忘れるわけがない。あの人の温もりを―。

「骸…なの…?」
「はい」
「本当…に…?」


「ずっと、会いたかった」


くいっと顎を引かれ、そのままゆっくりと彼の顔が近づいてくると、触れるだけの軽いキスをした。目は閉じなかった、否閉じたくなかった。閉じてしまったら、再び開けた時、彼が居なくなってしまいそうで怖かったから。

唇が離れた後、私は自分が泣いてることに初めて気が付いた。ぼろぼろぼろ、瞳から零れ落ちる涙は、止め処なく頬を伝う。「泣き虫なのは変わりませんね」そう言って少し笑いながら、骸は優しく頭を撫でてくれた。何だか凄く嬉くて、また、涙が溢れた。変わらない、あの時と。まるで、あの時のまま時間が止まってしまってるかのように―。

右手で骸の頬に触れながら、精一杯の笑顔を作って。長い時間ずっと言えずに居た言葉を、彼に伝えた。


「おかえりなさい、骸」









真夜中の奇跡



あなたの帰る場所で、私はずっと待ってる

2006/9/20