灯り一つ無い薄暗い部屋。照らすのは割れた窓ガラスから差し込んでくる月明かりのみ。カーテンは引き裂かれ、床のあちこちにはガラスの破片や塵屑が散らばっている。きっと大抵の女性ならこんな所気味が悪くて来たがらないだろう。よほどの物好きか、あるいは極度の根暗であるのなら話は別だが。
カラン、カラン―液体が零れ落ちる度にグラス内で氷の擦れる音が響く。ワインを一杯に注いだグラスを手に取り、それを一口含むとふと視線を横に向けた。自分の隣に座っている女性、は飲み干したグラスをテーブルの上へ置き、そのまま倒れこむように僕の肩へともたれ掛かった。思わず見惚れてしまうほどの綺麗な顔立ちや上品な雰囲気を何処と無く醸し出す彼女は、むしろこのような薄汚い場所とは生涯縁が無いようにも思えた。
「、大丈夫ですか?」
「うん…ちょっと酔ったみたい」
「飲みすぎですよ。少し横になった方が良い」
もたれ掛っている彼女の身体をそっと支え、ソファの空いてるスペースへと横にさせた。どうやら自分で起き上がる力も無くなるほど、酔ってしまっているようだ。虚ろな目をしながらも、その瞳は真正面にはっきりと映し出される弓張り月へと向けられていた。青白い光に照らされる彼女はいつも以上に美しく見えて、思わず抱いてしまいたい衝動に駆られてしまう。
愛してますよ、
時間は止まる事無く、しんしんと夜が更けていく。僕は眠ったであろう彼女を起こさないように静かにその場を立ち去ろうとした。が、「骸」 名前を呼ばれると同時に服の裾を掴まれ、出しかけた足はぴたりと動きを止めた。振り向けばは、声を押し殺すようにして泣いていた。
「何処にも行かないで」
蚊の鳴くような声で何度もそう呟かれる度に、罪悪感が重く圧し掛かった。なかなか離そうとしない彼女の手を握り、そっと頬にキスを落とす。包み込むようにして抱きしめた彼女の身体は、気のせいか少し震えていた。「大丈夫ですよ」そう自分にも言い聞かせるように、僕は彼女に言った。
「Io ritornerò presto」
(すぐに戻ります)
宵 闇
酔いから覚めたら、其処に残ったのは闇だけでした
2006/9/28