最近、山本の様子がおかしい。学校もずっと休んでいて、メールを送っても返事は来ないし、電話をしてみても留守電に繋がるだけ。もしかして避けられてる?まさか、避けられるようなこと私してないし―何せ山本の事だ。また笑って「悪ぃ、携帯失くしちゃってさ」とか言いそうだ。ばかばかしい!なんであんな超天然男に私がこんなにも悩まなきゃいけないわけ?やめたやめた!考えるだけきっと無駄―。
何度寝返りを打った事だろうか。部屋の時計は既に午前二時を指している。どうやら今日も眠れそうに無い。枕の横に置かれた携帯を手に取りメールを受信をしてみるが、「新着メールはありません」と虚しい文字が出るだけで、山本からの連絡は一通も無い。メールすらよこさないで、いったい何処をほっつき歩いてるんだろう?
ブブブ―
携帯を手放した途端振動しだして、それが彼からの電話だと気付いたのはディスプレイに山本の文字が浮かび上がってからだった。
「も、もしもし?山本なの?」
「か?悪ぃ、ちょっと今外出て来れねーかな?」
「え…外?」
窓を開けて、外を覗いて見れば案の定山本がニカッといつも通りの笑顔を見せながら其処に立っていた。ただ、いつもと違うのは外灯にはっきりと照らし出された痛々しい傷跡と、ぐるぐる巻きにされた包帯だった。
「ちょっと待って!すぐ出るから!」そう言って窓も閉めずに急いで階段を駆け下り、自分の足とは明らかにサイズが合っていないぶかぶかなサンダルを履いて(暗くて自分の靴がどれか解らなかったからだ)、勢いよくドアを開けた。こんな騒々しい音を立てれば家族の誰かが気づくに決まってるけど、彼に会いたい衝動を止められない私には、そんな事考える余地も無かった。
はぁ、はぁ―胸に手を置き、少し呼吸を整えてから、ゆっくりと顔を上げた。
其処には紛れも無く、私の大好きな、山本武が居た。
「おもしれーのな。そんなに急がなくたって良くね?」
「ばかっ…どれだけ心配したと思ってるのよ!今まで何してたの?」
「んーー野球の練習、ってとこかな」
「練習でそんなに傷だらけになるわけないでしょ!」
「ははっ!ちょっと張り切り過ぎたみてーだな」
そう言って笑いながら頭を掻く仕草を見て、やっぱり目の前に居るのは本当の山本なんだ、と思うと何故か涙が溢れた。無事でよかった。私の前に笑って現れてくれてよかった。また、会えて、よかった―。
いつもの穏やかな山本の表情が、真剣な眼差しに変わった瞬間だった。ぐっと頭を引き寄せられ、気付けば私は彼の腕に包まれていた。
「山本…?」
「悪ぃ、ちょっとだけ充電させてくんねーかな」
ぎゅーっと、強く、強く、抱きしめられる。彼の温かい体温が、微かに聞こえる鼓動が、男らしい匂いが私に安心感を与えてくれるのだけど、その何処かに淋しさや恐怖、不安や迷いがうっすらと隠れていてそれを感じ取ってしまった私はとても居た堪れない気持ちになった。こんなに弱っている山本を見ることは滅多になかったからだ。あの、屋上ダイブの日以来―。
「俺さ、最悪なことしたんだ。…助けるべき人を、助けられなかった。今でもあの瞬間の事覚えてる。あんなに近くに居たのに…俺はただ、見てるだけしか出来なかった」
「山本…」
「もう俺、どうすればいいのかわかんねーよ…」
ポツリ、ポツリ―それはまるで誰かの涙みたいに、静かに地上に雨が降り注いだ。
「山本…私は、あなたの事を凄く信頼してるわ。私だけじゃない―学校の友達、家族、近所の人達、それに、野球部のみんなだって山本の事信じてる。あなたが今何処で何してるのか知らないけど、やるべき事はまだ他にも沢山あるでしょう?自分を責めちゃだめ、山本は私達のヒーローなんだよ。此処で頑張らないでどうするの?」
サァァ―霧のような雨が、辺り一帯を包み込む。
少しの沈黙を経ると、山本の抱きしめる力が徐々に弱くなっていくのを感じた。そしてゆっくりと身体が離れると、先ほどとは少し違った山本の眼差しが、私の方へ向けられた。
―迷いの無い、綺麗な瞳が。
「サンキューな、。俺、また頑張れそうだわ」
素直と言うか単純と言うか、さっきまでの重い表情が嘘みたいに、そう―まるでヒーローの顔つきのように―無邪気に笑っていた。いつもの大好きな、山本の笑顔で。
愛を歌う
(何度でも歌ってみせるよ。言葉一つで、君の心が動くのなら)
5/1 アオちゃんへ!ごめんなさい…