私には好きな人がいる。その人は野球部の先輩で、凄くカッコよくて、女子からも男子からも人気で、いつでも彼の周りには人だかりが出来ていた。学校でもヒーロー的な存在の彼に対して、私なんて可愛くないし、つまらないし、自慢できることなんか何一つ無い。考えれば考えるほど情けなくて、彼とまるで正反対な私なんかが好きになったらいけないと何度も自分に言い聞かせた。だけど、必死に自主練をする姿や彼の笑顔を見ていると、気づけばもうどうしようもないくらいに好きになっていた。
野球部マネージャーである私は、部員のためのお茶を用意しようと水飲み場へ行った。今日は学校が少し早く終わったからいつもより長く練習が出来そうだ。お茶も大目に準備しておかなきゃ―そんな事を考えていたら、遠くの方で女の子の歓声が聞こえてきて、少し嫌な予感がした。声のする方を見れば、予想的中、山本先輩が練習を見に来ている女子達に向かって笑顔で手を振っていた。もう何回も見てる事だけど、やっぱり先輩のそんな姿を見るたび胸が痛んだ。手なんか、振らなきゃいいのに。笑顔なんて、見せなきゃいいのに。モヤモヤした気持ちが心中溢れて、練習前なのに浮かない気分になった。
はっと気づけば水が容器すれすれまで入っていたので、急いで蛇口を止めた。その瞬間前に居た誰かにぴっと水を飛ばされ、ひんやりとしたそれが少し顔に掛かった。前に人が居たのと、水が掛かったのと二重にびっくりして、パッと顔を上げた…ら。
「や、やまもとせんぱ、」
「ははっ!さっきから呼んでんのに全然気付かねーんだもん」
「す、すいません…」
まさか先輩から話しかけてくれるなんて思わなくて、一瞬にして顔が熱くなった。心臓なんてバックンバックン言ってる。「元気無さそーだけど、何か悩み事か?」そんな風に言われて、まさか悩みの原因はあなたです、なんて口が裂けても言えるわけがない。
「こ、」
「こ?」
「今晩のおかず、何かなぁって、ずっと考えてたんです」
咄嗟に出た言い訳だった。あまりに不自然すぎたかもしれない。気づかれたらどうしよう…恐る恐る先輩の顔を見てみたら、どうやらそんな心配などこれっぽっちもする必要が無く、ツボにはまったみたいで大爆笑してた。
「ハハハ!それ俺もすげーよく考える!」
「考えてたら何だかお腹空いてきちゃって…」
「そっかそっか!なーんだ、心配して損した!」
「えっ…し、心配してくれてたんですか?」
「そりゃー一応マネさんだし、」
「好きな子気にすんのは当然じゃねーの?」
それはとても自然な流れで、その言葉の意味を理解するのには少し時間がかかった。今、なんて言った?好きな子って、誰のこと?ただでさえ緊張して頭が上手く回ってないのに、その意味を考えられる余裕なんて無かった。
俯いてた顔を徐々に上げ、次に目があった瞬間。山本先輩は少し照れくさそうに頭を掻きながら、言った。
「俺の彼女になって下さい」
恋の彩り
2007/6/14