携帯を持つ手が思わず震えた。何時もどおりの会話だと思って、油断して聞いていたのが良くなかったらしい。受話器の奥から聞こえてくる山本の声は、いつものとは違って真剣そうだった。
「話があるから、今から会えねーかな?」会わないと言えない話…そんなの、今の私には一つしか思い浮かばなかった。「わかった」今にも泣きそうなのを必死に堪えて、それを悟られないようにいつも通りに振舞った。別れ話、だったら、どうしよう―。場所と時間を指定され、電話を切った後、堪えていた涙は一気に溢れ出した。
最近の私たちは、互いになかなか時間がとれなくて、会う機会も減っていけば、会話もどんどん無くなっていった。それに山本は女の子に凄くモテる。学校で話しかけようにもいつも回りに女子が居て、なかなか話せないことが多かった。すれ違い―今の状況にはそんな言葉が当てはまると思う。
外は雨が降っていたけど、傘も差さずに待ち合わせの公園へ向かった。まるで鉛のように重たく感じる足を、一歩ずつ、一歩ずつ、慎重に踏み出す。雨が降っていてくれて良かったと思った。涙でぐちゃぐちゃな顔を、弱い自分を、雨は全部隠してくれる。
待ち合わせの公園には、もう既に彼の姿があった。
「!」
バシャバシャバシャ―泥砂を弾きながら、此方に気づくと直ぐに山本は私の傍へ駆け寄ってきた。すっと頭上に差し出された傘のおかげで、自分の頭に振っていた雨は綺麗に遮断された。
「何で傘差さねーんだよ?風邪ひいちゃうだろ?」
「…うん」
「……泣いてんのか?」
俯きながら、私は小さく首を横に振った。
山本の前では泣きたくないのに。今でも私は、彼が大好きなのに―。
こんなに悲しい気持ちになるのなら、電話で言ってくれた方が良かった。
顔を合わすのさえ、今は辛い。
バサッ―視界の隅の方で、山本の差していた傘が落ちるのが見えると、気づけば私は彼の腕の中で抱きしめられていた。
「ごめん…」
「……?」
「不安にさせてごめん」
山本の、弱々しい声とは逆に、抱きしめる力は段々と強くなっていく。こんなに強く抱きしめられたのは久しぶりで、さっきまで感じていた不安が全て消え去っていくようだった。
「俺達最近すれ違ってばっかだったろ?を不安にさせてることは、自分でも気づいてたんだ」
「…うん」
「だから、これだけはしっかり伝えとこうと思ってさ」
ゆっくりと身体を離され、彼の真剣な眼差しと、自分の目線が、しっかりと交わる。
「俺は…が、好きだ」
ぼろぼろぼろ、目が腫れるのなんかお構い無しに、涙はどんどん溢れてきた。どれほどその言葉を望んでいたのだろうか。
ずっと、ずっと、不安だった。初めに出会った頃に戻れたら、どんなにいいだろうと思っていた。
結局私は山本を、信じてあげられなかったのだ。こんなにも、大切にしてくれているのに―。
「わ…かれ、話かとっ…」
「俺も…お前に振られんじゃねーかって、不安だった」
いつも幸せそうに笑っている山本が眉尻を下げて哀しそうに笑うのを見て、何だか居てもたっても居られなくなって、私はそのまま彼の胸へ飛びついた。
辛いのは私だけじゃなかった。私も彼を、不安にさせていたのだ。言葉を伝えることがこんなにも大切なことだって、改めて気がついた。
「好きよ、武」
いつの間にか雨は止んでいて、淡いブルーの空に、うっすらと虹が掛かって見えた。
思い出の宝石
2007/8/16