今日は朝から雨が降り続いていた。灰色に染まった空、地上に出来る幾つもの水溜り―雨は強まる一方で弱まる気配は全く無い。小さい頃からそうだったけど、雨の日は決まって憂鬱な気分になった。何か悪い事が起きる前兆のような、そんな気がしてたまらなかったからだ。

本部に竜崎の姿が見えなかったので、松田さんに聞くと「屋上に行った」という情報を得た。いつも本部に入り浸りだった竜崎がどうして屋上なんかにいるのだろう。しかも、外は土砂降りの雨だというのに。屋上へ行きそっとドアを開けてみれば、案の定竜崎は傘も差さずに雨の中立ち尽くしていた。

「竜崎…どうしたの?そんなところに居ると風邪ひくよ」
「……」
「竜崎ってば!」

近くまで寄って腕を引っ張ったところで漸く私の存在に気が付いたのか、竜崎はハッとした顔で後ろを振り返った。綺麗な黒い髪の間から覗かせる彼の瞳はとても哀しそうで、そんな表情を見ていると何だか胸が苦しくなった。

「鐘の音が聞こえるんです」
「鐘の音…?」
「ほら、また…にも聞こえませんか?」
「ううん…聞こえない、けど」

私には雨の音以外、何も聞こえない。第一この近辺に鐘が鳴るような教会や学校なんて無いのにそんな音など聞こえるはずが無いのだ。やっぱりここ2、3日竜崎の様子がおかしい。今までぼうっとする事はしばしばあったけど、それは事件の事を考えていたからで、最近は何かを後悔しているような、遠い昔の事を思い出しているような、そんな哀しそうな目をする事がよくあった。

「竜崎、本部に戻ろう」
「……、」
「え?」

雨の音のせいで彼の言った言葉が上手く聞き取れなくて、もう一度聞こうと思って顔を上げた瞬間。竜崎の少し冷えた唇が、軽く触れた。ほんの瞬きをするほど短い時間だったけれど、私にはそれが凄く嬉しくて、竜崎を愛しく思う気持ちが抑えきれないほど大きくなっていた。

「そういえば、キスは初めてですね」

竜崎はそう言って、小さく笑った。息がかかるほどの至近距離。手を伸ばせば簡単に触れる事が出来るのに、私は何故か手を動かす事すら出来なくて、ただ、今にも涙が零れ落ちそうな竜崎の瞳をじっと見つめていた。
ザァァ―雨の止む気配は無い。気分の晴れない日。曇ったままの心。何か、悪いことが起きそうな予感―。暫くの沈黙の後、竜崎の口が開くのを見て思わずビクッと肩を震わせた。


お願いだから、それ以上言わないで―


聞き取りにくかった竜崎の声がはっきり聞こえるようになって、その言葉を聞き取った途端、弦が切れたように涙が溢れだした。









最愛貴方
私 と 出 会 っ て く れ て、あ り が と う