東京の街並みは、霞んで見えた。周りはビルばかりで、目に付くものといえば人工的なネオンの光。通りすがる人達の、カラフルな服。いつもと同じ風景、いつもと同じ配置。何てつまらない、そう思いながらも は少し歩を速めた。春だとはいえ、やはり夜は少し肌寒い。キャミソール一枚に薄いパーカーを羽織った今の格好はどう見ても間違っていた。昼はあんなに暖かかったのに―。は肩から落ちそうなバックを持ち直し、ズッと鼻を啜った。





間飛行






チン、と最上階に着いたことを知らせる音が鳴ると、エレベータのドアが開かれた。竜崎の部屋に一歩、また一歩と近づく度に の心臓が大きく脈打つ。ホテルの最上階のスイートルーム。何回か来てはいるが、普段滅多に来る事の無い には、やはりまだ馴染めなかった。
走り書きしたメモにもう一度目を通し、それが目の前にあるドアのナンバーと一致してるのを確認すると、 は勢いよくドアを叩いた。何日ぶり、いや、何ヶ月ぶりだろう。逸る気持ちを抑えながら、スッと呼吸を整えた。ガチャ、ゆっくりとドアが開く。

「遅かったですね」
「…待ってなかったくせに」
「待ってましたよ、仕事しながら」
「ほら、仕事しながら、でしょ?」

が悪戯っぽく頬を膨らましてみせると、苦笑した竜崎は勢いよく の腕を引っ張った。ガチャリ、と扉が閉まった時にはもう既に竜崎の腕の中に居て、白いティーシャツの色が、やけに映えて見えた。

「あなたの事ばかり考えてました」
「…うそっ…つき」

竜崎の背中に手をまわし、ギュッとシャツを握り締める。零れ落ちそうになる涙を堪えながら、はもう一度、同じ言葉を繰り返した。
嘘つき呼ばわりされても仕方が無い。連絡も一方通行、会える時間と言えば仕事の合間の少しの時間だけ。竜崎の心の内は、やるせない想いでいっぱいだった。

に、見せたい物があります」

竜崎はその場に着くまで、見せたい物が何なのか教えてくれなかった。辿りついた先は、ヘリポートらしき所で。ババババ…上空に、激しい音が鳴り響く。 は竜崎に手を引かれながら、ゆっくりとヘリコプターの中に乗り込んだ。運転席には、ニコリと微笑むワタリが座っていて。竜崎の合図と共に、それは物凄い音と、風を受けながら、高く、高く上って行った。
いったい何処にこんなお金があるの、ポツリと呟いた言葉に、竜崎からの反応は無かった。きっと、プロペラの音でかき消されたのだろう。それは予想以上に大きな音で、内心少し驚いていた。怖くはない、竜崎が手を握っていてくれるから―。そう思いこませながらも、視線をゆっくりと下にずらした。


初めて見る空からの夜景は、それはもう口では言い切れないほど綺麗で。溢れるほどの光の海が一面に広がっていた。普段何気なく見ていたネオンが、こんなに美しく見えるなんて。 は無言のまま、必死に夜景を瞳に焼き付けていた。


口に出さないでもわかっていた。こんなにも感動出来たのは愛する人が傍にいるからで。

一人で見る夜景なんて綺麗じゃない。
一人で見る星空なんて感動しない。

あなたがいたからこそ、輝いて見えたんだ。



「竜崎」
「はい」
「このまま、」

このまま。

「二人で…」

二人で。



何 処 か に 行 く 事 が 出 来 た ら



竜崎は最後まで聞かずに、唇で の言葉を遮った。言葉に出してしまったら、きっと、この先ずっと苦しめることなってしまうから―。

そんなことを脳裏に描きながらも、竜崎は「愛してます」と言葉で誤魔化した。