あれ…マットがいない。きっと、何処かでサボってるんだろうな。
不思議と私は彼が何処に居ても見つける事が出来る。例えば裏庭で隠れて煙草吸ってたりだとか、木の上に登ってお昼寝してるの発見したり。図書館のソファに寝そべって、ゲームしてた事もあったなぁ。いつの間にかそれを見つけて注意するのが私の役目になってた。だって、掃除や、食事当番をサボるなんて、許せない。


…なーんて。本当の理由はそれだけじゃないけど。


「マット見っけ!」
「うわっ…!!」


今日は校舎の裏に居た。私が来たから慌てて煙草の火を消すマット。あたふたしてる様子が、あまりにも可愛くて。つい、意地悪したくなっちゃう。


「あー!ロジャーに言いつけてやろー」
「ま、待って!!それだけは勘弁して!」
「え〜?どーしよっかなぁ。口止め料くれるなら、許してあげてもいいけど」
「………悪女
「む…何か言った??」


あなたが好きだから。ずっと、傍に居たいから。
一目でも早く見たくて、いつも、何処でだって、あなたを探してた。

マットは頭を抱え込んで、"口止め料"になりそうなものを考えていた。そこまで真剣にならなくてもいいのに。気づいてないの?口止め料なんて、ただの言い訳なんだよ。


「決めた!」
「わっびっくりした。何??」
「デートしよう!」


散々悩んだ後で、マットがそう提案してきた。あまりに予想外の返事で、内心かなりびっくりした。

冗談で言ってるの?それとも、本気…?
どうしよう…嬉しくて、胸が、はち切れそうだ。


「あれ…?嫌だった?」
「う、ううん!いいよ!」
「よし決まりっ!早く行こうぜ」
「え?今から??」


少し躊躇っていたら、マットが私の手にそっと触れた。本当に自然に。
驚く暇も無く、私は彼の手に引かれながら走った。大きくて、温かくて…今までずっと見てるだけだった彼の手。こんなに簡単に触れられるなんて…。トクン、トクンと、胸の楽器は、速さを増しながら音を奏でていた。悪い事してるのに、そんな事すら感じられなくて。とっても、幸せだった。


この時間帯は電車が凄く空いてて、私達が乗った車両は自分ら以外誰も居なかった。
子供みたいに二人で窓を覗きながら並んで座って。窓から見える、海の景色が凄く綺麗だった。
色んなこと喋ったけど、あまりに緊張しすぎて何を話したか忘れてしまった。
最悪だ。こんな機会、もう二度と無いのに。


6駅ぐらい越したところで電車を降りて、彼に連れられるがままに歩いて行った。何処に連れてってくれるんだろう。お花畑かな。それとも綺麗な景色が見えるところかな。なんて、わくわくしながら考えてたら、あまりにも見当違いのところに連れて行かれたので、少しガッカリした。まぁ、ゲームセンターなんて、彼らしいけど。
私はキョロキョロしながらも、マットの後ろをひよこみたいにくっついて行った。 たどり着いた所は、パーン、パーン、と激しい音を立てながら、賑わっていた。 どうやら、射的ゲームみたいだ。


「なぁ、。賭けしないか?」
「何を賭けるの??」
「俺が的に全部弾当てたら、」
「うん」
「俺と、付き合って!」
「うん………って、えぇっ!!?」


し、しまった。つい勢いで「うん」と言ってしまった…。

…もう!わけわかんない。どうしてマットってこう、突発的って言うか…。ちゃんと考えて言ってるんだろうか。でも、チラッて彼の顔見たら、ちょっと照れてたから、どうやら満更でもないみたいだ。


「マジで!?今、うんって言ったよな?やったー!!」
「で、でも、全部当てたら、だからね!」
「まぁ、見てろって」


そう言って、自信満々で的に向かうマット。煙草をくわえながら、銃を構える姿がとってもかっこよくて。また、心臓が暴れだした。こんなの、他の女の子が見たら一ころなんだろうな。そうやって今まで色んな女落としてきたのかしら。あなたのその笑顔も、煙草を吸う姿も、透き通るような声も…全部、私に向けられたものだったらよかったのに。そう考えると、チクッと胸が痛んだ。


マットは、驚くほどの速さで、端から端まで全ての的に弾を当ててしまった。いつの間にか私達の周りには人だかりが出来ていて。綺麗に決まったそれを見るなり、大きい拍手が起こった。

ヤバイ…。めちゃくちゃかっこいい…。


「おーい。見てた?」
「……う、うん…」
「射撃だけは小さい頃からずっとやってたから、得意なんだよ」
「へぇ…」
「だいじょーぶ?ひょっとして、俺に惚れた?」
「ば、ばか言ってんじゃないわよ!」


そう言って、ポカッと彼の頭を殴った。そしたらその手を掴まれて、目線の先には真剣な目をした、彼が居た。ゴーグルの中にうっすらと見える、澄んだ瞳。それは、間違いなく私へと向けられていた。


「賭けは賭けだからな」
「ほ、本気で言ってるの?」
「当たり前だろ。俺はいつだって本気だよ」
「だって!付き合うって、その、お互い好きじゃなきゃ…」
「好きだって言ってんじゃん」


ポトリ。不意に涙が零れ落ちる。
何で、泣いてるんだろう…。


"好きだって言ってんじゃん"

きっと、この言葉が嬉しすぎたんだ。脳もびっくりして、指令を間違えちゃったんだろう。
涙が、止まらない。泣くところじゃないのに…。伝えたい事、いっぱいあるのに…。

言葉が、出ない。


「ちょ…何で泣いてんだよ!?」
「……だって…信じられなくてっ…」
「あーほら。目、ボンボンに腫れてるぞ?ぶっさいくな顔になってるぞ?」
「やめてーー…!見るな!」
「ていうかさ、普通あれだけ態度で示せばわかるだろ?ほんっとニブちんだなぁ」


そうやって笑いながら、マットは私の涙を手で拭ってくれた。
あんたに言われたくない…!って、心のどこかで、もう一人の私が叫んでた。


「好きだ、ばか」


そう言った瞬間、マットの胸に抱き寄せられて。耳が、丁度彼の心臓の上に当たった。ドクン、ドクン。少し速さを増しながらも、其処は激しく脈打っていた。まるでそれが伝染するかのように、私もドキドキが止まらなくなった。

ふと、コツン、と彼に頭を叩かれる。

「馬鹿は余計だろ」
「……ごめん」
「さ、帰ろか」


帰りはずっと手を繋いでいた。行きはあんなに喋ってたのに、何でか帰りはお互い無口になってしまった。さっきの思い出すだけで恥ずかしくて、心臓は相変わらず悲鳴を上げていた。
施設では急に私達が居なくなったものだから、大騒ぎしてて。帰ったら、ロジャーにうんと叱られた。罰として、みんなの部屋を全部掃除しろ、だって。最悪。





君がこの手を引いてくれるから