星が降ってきそうなほど光輝く夜空の下で、沢山の星座の名前を教えてあげた。
夕日で世界が染まるのを、高い高い山の上で二人で一緒に眺めた。
四葉のクローバを見たい、そう泣き出す君に、夜が明けるまで泥まみれになって探してあげた。


好 き だ よ
あ り が と う
ご め ん な


幾千もの言葉を毎日お互いに伝え合った。あの頃は子供だったから、別に恥とかそういうのなんて無くて。「好き」なんて告白も、目を瞑ってでも言えた。君と居れば毎日が楽しくて、毎日が幸せで。傍に居ることが当たり前すぎて、離れ離れになる可能性なんて考えもしなかった。こんな毎日がずっと続けばいい、ただ、それだけを願って。


そして、俺達は変わってしまった。






「……くそっ…」


煙草が切れてイライラ。空き箱を片手でくしゃっと潰し、ゴミ箱に放り投げた。カコンッ―と無機質な音を立ててそれは綺麗にゴールに命中する。いつもなら爽快感に浸るところだが、この暑さと煙草が吸えない辛さのせいで、なかなか苛立ちが収まらない。この辺に自販機なんてあっただろうか?コンビニは数キロメートル離れているし、何より暑さのせいで歩く気力すら失せる。こんなことなら買い溜めしときゃよかった、なんて後悔しながらも俺は人で溢れる街中をただ宛ても無く歩いていた。

少し行ったところで、通りの向こう側に運良くも自販機を発見した。俺は早速自動車の間を通り抜け、お目当ての場所へと急ぐ。前には既に先客が居て、煙草を取り出そうとしてるのか前へ屈んでいた。緩やかなウェーブが掛かった、腰に掛かるくらいの長い髪が綺麗に靡いていて、その姿にそそられてしまうのは男の性と言うものだろうか。暫くじっと眺めていたら、その女性がくるりと此方を振り向いた。

一瞬、俺は自分の目を疑った―。


「…?」
「え?」
だろ?ほら、施設で一緒だった」
「…マット?」


トクン―
久しぶりに名前を呼ばれて、党に忘れていた感情が蘇るようだった。のことを愛して已まなかった時のことを―。は変わった。あの頃の無邪気な面影なんて何処にも無くて、言うなればすっかり大人の女性になってしまった。


「お前変わったから一瞬誰かわかんなかった」
「マットは…相変わらずだね」
「そうか?俺、すっげーかっこよくなっただろ?」
「…ばか」


はくすくす、と笑みを浮かべながらも、はい、と先ほど買っていた煙草を手渡してきた。


「何だよ、くれるの?」
「だって凄く吸いたそうな顔してるもん」
「バレたか。じゃあ、遠慮なく」
「うん。そうして」


はいつから煙草なんて吸うようになったんだろう、昔はあんなに毛嫌いしてたのに。そんなことを考えながらも俺は早速箱から一本取り出し、煙草に火をつけた。それと同時に、先ほどまで感じていた苛立ちがスッと消えていった。
…何を話せば良いだろう。「元気だったか?」「綺麗になったな」思い浮かぶ言葉はどれもこれも在り来たり過ぎて泣けてくる。俺ってこんなに口下手だったか…?

暫くの沈黙の後、先に口を開いたのはだった。


「ごめんね、私これから仕事なの。もう行かなきゃ」
「…マジ?そっかー、引き止めて悪かったな」
「ううん、会えて嬉しかった。じゃあ、またね」


ニコッと微笑むに、ひらひらと手を振りながら、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。太陽の光の中へ溶け込んでいく彼女の背中を見つめていると、妙に切ない気分になる。

と別れてからも、俺は何人もの女と付き合った。セックスもそれなりに楽しんでいたし、相手も俺のことを愛してくれていた。だけど、それでも全てが満たされることが無かったのは、美しい思い出の中に居るの存在が消せなかったからだ。俺は自分から愛することが出来なくなってしまっていた。まるで、あの頃のまま、時が止まってしまっているかのように。


本当はずっと後悔していた。
彼女を手放してしまったことを―。



!」


気づいたら、名前を呼ぶのと同時に俺は走り出していた。さほど距離は離れていなかったから、数秒で彼女の元へ辿りついた。


「どうしたの、マット?」
「えーっとさ、ほら…」
「うん、なに?」
「……連絡取りたいから、携番教えて!」




次にと会う約束をしたのは、2日後の夜、つまり今日だった。俺が電話しようかしまいか何度も迷ってる間に、彼女の方から電話が掛かってきて思わず携帯を落としそうになった。我ながら自分の情けなさぶりには参ってしまう。

もう今すぐにでも会いたくて、だからこの2日間は死ぬほど長く感じた。


「何処に行く?」
「うん…」
?」
「あ、何処でもいいよ!マットのお勧めな店で」
「俺のお勧めな店だと居酒屋になるぞ?」
「あはは、それでもいいよ」


二日ぶりに会ったの様子は何処かおかしかった。元気が無いような、上の空のような、そんな感じがするのは気のせいだろうか?

食事を済ませ、少しほろ酔い気分のまま俺達は夜の街を散歩した。頭上には吸い込まれてしまいそうなほど深い藍色の空に、煌々と輝く星屑が散りばめられて、昔、施設でよく見ていたそれとよく似ていた。


「マット…あのね、」
「ん?」


振り返って見れば、は急に立ち止まり、地面の方に視線を落としたままずっと黙っていた。ポタリ、ポタリ、彼女の瞳からあふれ出た雫がじわりと地面を染めていく。小刻みに触れる身体、まるで必死に次の言葉を探しているかのような目。嫌な、予感がしたんだ。



私、来月結婚するの。



くしゃり―頭の中で、何かが崩れるような音がした。本当はの左手にある指輪の存在にはだいぶ前から気づいていた。だけど、それでもひょっとしたら戻ってきてくれるかもしれない、なんて淡い期待を抱いていてしまう自分が居て。キラリと一際よく輝くそれは、の幸せそのものを象徴しているのだと思った。宛ても無く放浪してる俺なんかよりも、安定した職について、包容力があって、ずっとアオイの傍に居てやれる男の方が良いに決まってる。の幸せを考えるなら、それは当然の事だ。

だけど、幼い頃の思い出が、頭にこびり付いて離れない。


「そっか…。オメデト。」
「……約束、破ってごめんっ…」



ず っ と 一 緒 に 居 よ う な



「子供の頃の話だろ?もう忘れたよ」


無責任な約束なんて、するんじゃなかった。後先考えずに物を言うところはどうやら今も変わってないみたいだ。それが今までずっとを苦しめてきたのかと思うと居た堪れない気持ちになった。


「たまにはデートくらいしてよ。じゃないと俺淋しくて死んじゃうからさ」
「…マットっ……私、まだ…」
。幸せになれよ」
「…っ…」


泣き崩れる彼女を前に、俺は何もしてやれなかった。今更何が出来ると言うのだろう?もう、何もかも終わってしまった。俺には彼女を幸せに出来る自信なんて全く無い。これが、正しい道なのだ。俺にとっても、にとっても。


俺は、きっと後にも先にも、好きになるのはだけなんだろう―。

そんなことを思いながらも、俺は静かに彼女の元から去って行った。







に散っていく