さわさわと流れる川のほとりで、 は独りただずんでいた。雲ひとつ無い空、今日は久しぶりに良い天気だった。びゅっと靡く風に誘われて、の髪も空を泳いだ。ふんわりと漂う木蓮の香り、遠くで囀る小鳥達の声。心地よい空気に包まれながら、ゆっくりと目を閉じた。

不意に誰かに頭を叩かれて、はハッとしたように目を開けた。横を振り向けば、大好きな人が、優しく微笑んでいて。メロはまるで野良犬を可愛がるみたいに、の頭を撫でた。


「何してたんだ?」
「自然の声をね、聞いてたの」
「へぇ、お前にはそんな声が聞こえるのか」
「む…聞こえるんです!」


馬鹿にされて腹が立ったは、メロが食べかけていたチョコレートを腹癒せに奪ってみせた。あまりの早業にメロも驚くほどだ。は勝ち誇った表情を浮かべ、メロの目の前でパクッとそれに齧り付いた。口の中に甘くて、香ばしい味が一瞬で広がる。


「メロは本当にチョコばっかりだね」
「…ほっとけ」
「返して欲しい?だったら、愛してるって言って」
「…はぁ?」
「……だって、メロ一度も言ってくれた事ない」


メロの鋭い目付きが、ふと、優しくなる。はその眼差しに耐え切れず、視線をメロの足元へとずらした。いつもそうやってはぐらかされるのだ。は心臓をぎゅっと掴まれた様な、切ない気持ちになった。


「…もういいよ」
「……い」
「え?何?聞こえなっ…」


身体を物凄い力で引き寄せられて、の頬が、メロの胸に押し当てられた。あまりに咄嗟のことで、の目は大きく開いたままだった。抱きしめる力が、ぎゅうっ、と強くなる。


「な、に…?痛いんだけど、メロ」
「すまない、
「……何で、謝るの?」
「お前は好きなように生きろ」


耳元で囁くようにして投げかけられたその言葉は、の欲してるものでは無かった。全ての事を悟った瞬間、の瞳には溢れんばかりの涙が浮かんだ。あれだけ自分を好きにさせておいて、好きなように生きろなんて、勝手すぎる。


「ばかっ…メロの、ばか…!」
…」
「いやっ…私、一人で生きてける自身なんて無い」
「…お前なら、大丈夫だ」


勝手な事ばかり言わないで―。そう言ったつもりだっただけど、酷い嗚咽のせいで、声にならなかった。 何を根拠にメロは言っているのだろう。私はメロが思ってるほど強くない。モノクロに写っていた世界に、色味を持たせてくれたのは彼で。ポッカリと空いた心を埋めてくれたのも、彼だった。メロが居なければ、今の自分は存在していない。メロが居たから、生きて来れた―。
整理の付かない想いが、の頭の中で交差していた。


「…嫌いっ…メロなんて嫌い…!」


まるで子供が駄々をこねるみたいに、メロの胸を叩き続けた。何を言っても、きっとメロは聞く耳を持たないだろう。そう解ってても、今のには泣きじゃくる事しか出来なかった。



「…っ……」
「また何処かで会う事があったら、」



今 度 は お 前 を 離 さ な い か ら 。




掠れるような声で、メロはそう言った。





ザッと強い風に吹かれて、は再び目を開けた。川の向こう岸で咲いている木蓮の白色が、目に飛び込んできた。水辺で、雲雀の小さな群れが可愛らしく踊っている。でも、隣にメロの姿は無かった―。


あの約束の日から、どれくらい時間が経ったのだろう。もう自分の前には二度と現れないかもしれない、心の何処かでそう想いながらも、またいつものようにひょっこりと現れて、自分を掻攫っていってくれる事を、夢見ていた。


はもう一度、目を閉じた。

何度も、幾度でも、メロに会いに行く為に。