ロサンゼルスの夜は何だか慌しかった。街中は沢山の人で溢れかえり、夜通し救急車やパトカーのサイレンの音が鳴り響いていて、それは"生"を実感するのに十分過ぎるものだった。
足は力が抜けたみたいにふらふらになり、真っ直ぐ歩けなくなっていた。久しぶりにこんなに飲んだかもしれない。頭も朦朧としていて、本来ならば輝かしいネオンで美しく飾られる夜の街も、歪んで見えた。私は重たい身体を支えるように、壁に手をつきながらゆっくりと、ゆっくりと歩を進める。地に、自分の足がちゃんとついている事を何度も確かめながら。
「」
不意に腕を掴まれ、私はぴたり、と歩を止める。
どうやらこの声が誰の物なのかわからなくなるほど頭はイカれてはいなかったようだ。
「黙って居なくなるなよ」
何故居場所がバレてしまったのだろう―
ああ、GPS機能の存在をすっかり忘れてた。電源を切り忘れるような初歩的なミスをするなんて、これじゃあ完全犯罪などとは全く縁の無い話だ。(無論、完全犯罪を起こそうだなんて馬鹿な事考えちゃいないけど)
「飲んだのか?」
「うるさいなぁ、ほっといて」
「ほっとけるか、ほら手貸せ」
「いーやぁー…」
差し出された手を駄々こねるみたいに振り払ってみたけど、メロは呆れ返った表情で溜息をつきながら、無理やり私の腕を自分の肩に回した。頬に軽く触れる、綺麗な金色の髪。細い割りにガッシリとした体格。そして、愛しい愛しい彼の温もり。この人の近くに居ると、必ずと言っていいほど心拍数が増大する。いやだなぁ…この感覚、せっかく忘れようとしてたのに。
お互い無言だった。賑やかで慌しい街とは反対に、私達の間には静寂でゆったりとした時間が流れる。メロは呆れているのだろうか―それとも、怒ってるのだろうか。滅多に表情を崩すことが無い為(いわゆるポーカーフェイスというものだ)、彼の顔から心情を読み取ることは不可能に近かった。
転ばないようにと足元に向けていた視線を、少しずつ上げて行く。
「ねぇ、メロ」
「…なんだ?」
漆黒の夜空に浮かぶ朧げな月が、綺麗に写って見えた。
「抱いて欲しいの」
ピタリ―二人の足音が地にそっと溶け込んで行く。
言葉の裏に隠れた、哀しい声と共に。
キ ョ ウ デ サ イ ゴ ノ ヨ ル ニ シ ヨ ウ
「…わかった」
メロはそう言って、再び歩き出した。私もまた、彼に支えられながら自分の足を動かす。
メロと出会ってから、気が付けば結構な時間が経っていた。ひょんな事から、私達は一緒に住むことになった。今思えば泊まるところが無いから部屋を貸せ、なんて脅迫みたいな頼み方で、よく私もそれを許したものだなぁ、と思う。私の記憶する限り、会話らしい会話なんてほとんど無かったかもしれないけど(ほとんど一方的に私が喋って、メロは相槌を打つことがおおかった)、それでも毎日が幸せだった。メロさえ傍に居てくれれば、他にはもう何も要らないと思ってたから。
だけど、そんな想いも、今日で終止符を打つ。
私達は、別々の道を歩まなければならないのだ。
「」
「…はぁっ…メ、ロッ…」
耳元で何度も何度も名前を囁かれて、その度に涙が頬を伝った。彼と関わったてきた全ての記憶を、身体の外に吐き出すかのように―。
今まで自分を鎮める為のみのセックスだったけど、その夜メロは、初めて私を優しく抱いてくれた。身体の芯が、溶けていくような、優しい手つきで。
そして僕らは別々の道を歩む