死ぬ事を怖いと思ったことなんて一度も無かった
いつだって自分の命を投げ出す覚悟で生きてきた
目的を成し遂げるためなら、何だって出来る気がした
だけど
死を恐れていたのは 他の誰でもない、自分だった
閉じられた
世界
耳中に残る銃声の音、鼻にツンとくる血の臭い。手の平を返せば両手は血で真赤に染り、何万もの人間を殺めてきたせいか感覚は既に麻痺していた。今まで人間を殺して気分が悪くなったことなど一度も無かったのに、今日は湿り気の含んだ空気を吸っただけで吐き気がした。
―さっきから頭の中で響くノイズがなかなか晴れない。
真暗闇の世界、此処には扉も無ければ窓すらも無い。俗世間から遮断された空間。唯一あるのは、地面一帯に広がる屍の山。何故俺は此処に居る?わからない。どうやって来たのかも、自分が何をしているのかも―。
「たすけ…て」不意に足元で声がして、俺はぴたりと歩を止めた。暗闇で顔は見えないがそれは明らかに女の声だった。もうほとんど力が残ってないのだろう、その女は震えて自由の利かない腕を必死に伸ばしながらも、俺に助けを求めていた。
「死ぬのが怖いのか?」
「…こわ、い…」
「人間はいずれ死ぬ。お前はそれが少し早かっただけだ」
「い、や…生き…たい…」
生 き た い
彼女の呟いたその言葉が頭中を駆け巡る。激しい頭痛と共に力が抜け、立ってる事すら出来なくなった俺は勢い良くその場に倒れこんだ。幾ら考えたって答えは出てこなかった。何故そこまでして生きたがる?死を選ぶほど楽な事は無いだろう?
俺は今まで何万もの人間を殺してきた。そういう世界でずっと生きてきたから、死ぬ事など怖くなかった。だが今目の前に居るこの女は、純粋に生きることを望んでいる。放っておけば死ぬだろうに、彼女はまるでそれを感じさせないほど強い眼差しで、ただ真っ直ぐ俺を見据えていた。
もうずっとそんな目を見ていなかった。否、自ら避けてきたのだ。
俺は何故だかその瞳からなかなか目が離せなかった。
…ああ、本当は。
死を恐れていたのは 自分だったのかもしれない
「手、貸せ」
「…た…すけて…くれる、の?」
「一緒に生きよう」
未だ震えている彼女の手をしっかりと握り、そっと傍に引き寄せた。直に触れる彼女の体温。生きている証。弱りきっている身体を支えるように、力強く彼女を抱きしめた。
いつの間にか頭の中でずっと響いていたノイズは、綺麗に消えていた。
「メロ」
声が聞こえ、ゆっくりと目を開ければ其処はいつもの部屋だった。眼球だけを動かし声のする方へ視線を向けると、隣には心配そうに顔を覗きこむが居た。どういうことだ…?今まで見ていたものは全て幻覚だったのだろうか?それにしては現実味があり過ぎた。
「だいじょうぶ?メロ、酷く魘されてたよ」
「ああ…何でもない」
「そう?ならよかった」
はそう言ってニコッと笑うとベットから抜け出し、「今日は久しぶりにいい天気だよ」と嬉しそうにカーテンを開けた。窓から差し込んでくる光が眩しくて、俺は目を細めた。
そのとき不思議な事に、先程見た女性との影が重なって見えたのだ。