つい最近まであった出来事がまるで嘘だったかのように、此処では平和な時間が流れていた。首に掛けられたロザリオが、太陽の光に反射してキラキラと輝いている。
此処に彼の亡骸は無いけど、どうしても彼の原点でもあるこの町に石碑を建てたくて、ロジャーに無理を言って 場所を貸してもらった。ワイミーズハウスから少し離れてはいるけど、此処からは施設も見れるし、海も、山も、 町も、幼少の頃よく一緒に見ていた空だって見れる。きっと淋しくは無いだろう。


ー!やっぱり此処に居たのか!」


ぱたぱたぱた、と小さい足で地面を弾きながら、少年が傍に寄ってくる。綺麗な金色の髪を、ふわりと風に靡かせながら。


「マイト。どうしたの?」
「うん、勉強を教えてもらおうと思って。なぁ、はどうしていつも此処に来るんだ?」
「うーーん…そうね。このメロって人ね、私の凄く大切な人なの」
「なんだぁ、の男か。…この人、どんな人だった?」
「あはは、気になるんだ?メロは少しあなたに似てるような気もするわ。負けず嫌いで、無茶ばっかりして、いつも心配掛けさせて…だけど、本当は凄く優しくて、努力家で、一番頼りになる、すっーーーごく、カッコイイ男だったわよ」
「そ、そんなに凄い人だったんだ…」


マイトは最近ワイミーズに入ってきたばかりの子で、その割にはすぐ友達を作って早くも施設生活に慣れていた。何故か私によく懐いていて、「勉強教えて」とか「サッカーやろう!」とか、何かとよく私のところに遊びに来た。金髪のおかっぱなんて、まるで誰かさんを連想しろと言っているようなものだけど、 人懐っこい性格や、負けず嫌いなところとか、本当にメロにそっくりだった。


「僕さ、メロ目指そうかな…」
「え!何で…?」
「だって…そしたら、僕を好きになってくれるだろ?」





そしたら、僕を好きになってくれるだろ―?





堪えていた涙が、ぽたり、ぽたり、と地面に零れ落ちる。彼の声が今も鮮明に耳の中に残っている。顔の輪郭だって、髪の長さだって、瞳の大きさだって…あの頃のまま時は止まってしまっているけど 、まるですぐ傍に居るかのようにはっきりと映って見えた。


思い出すのは、いつも決まって同じ場面―。




「行っちゃうんだね、メロ」


二人がロジャーに呼び出された時、私も気になってドアの外から様子を伺っていた。中の声は全く聞こえないけど、きっと良くない事が起こっているのだろうという事は子供の私でも理解出来た。暫くしてメロが飛び出してきて、そのあまりの目付きの悪いこと、話しかけようと思ってもそんな暇すら与えてさせてくれないくらいのスピードで走り去ってしまった。仕方無く後でロジャーにこっそり話を聞いて、メロが施設を出て行く事を知った。


月すら無い、静かな夜だった。
私はワイミーズハウスの門のところに先回りし、メロを待ち伏せした。


「なんだ、もう聞いたのか」
「うん…ねぇ、今出て行くこと無いんじゃない?」
「もう決めたんだ。それに、僕ももうすぐ15だ。一人でやってける」


今まで少年だと思っていた彼の表情がすっかり大人のものに変わっていて、何だかその姿に少し胸を打たれた。ずっと傍に居たのに気付かなかったなんて…いつからこんなに男らしくなったんだろう―。


「私も行く、って言ったら連れてってくれる?」
「冗談はよせよ!、一個上だからって僕を馬鹿にしてるんだろう?僕一人じゃ何も出来ないって、そう思ってるんだろう?」
「違うよ…!私はただ、」
「どっちにしろ、お前にはまだやる事がある。連れてくわけには行かないよ」
「やる事…?」


「ワイミーズハウスを…僕の原点でもあるこの施設を、に守り続けて欲しい」


ドキッ―心臓が一瞬強く脈打った。それと同時に淋しさが込み上げてきた。ぼろぼろと、止め処なく流れる涙は幾度も頬を伝う。年下だと思っていた彼は私をも追い越してしまうほど、すっかり大人びていた。


「全てが片付いたらまた戻ってくるさ。そしたら、僕を好きになってくれるだろ?」
「…ばかっ……」


私より少し身長の高いメロが、そっと頭を抱き寄せる。瞬間ふわりと、男の子の、逞しい香りがした。
そして私は、次第に離れていく一つの大きな背中をずっと見守っていた。 身体が離れる前に首に掛けられた、彼のロザリオを手に強く握り締めながら―。







「ちょっ何泣いてるんだよ!」
「な、泣いてないわよ…!馬鹿なこと言ってないで、早く施設に帰るよ!」
「ちぇっ、わかったよ。のばーか!」
「…後でこってり勉強見てあげる」
「こってり!?げー、最悪だー!」


光いっぱいに包まれた空間で、穏やかな時間がゆったりと流れていく。可能性を秘めた幼き子供達と共に、あの頃の記憶を糧に、私は生きる。


メロ、私、あなたとの約束、ちゃんと守ったよ。
そして、これからも守り続ける―。


あなたを目指す、若き精鋭達の為に―。