いつも、見てるだけだった。廊下ですれ違っても、あなたの背中しか見つめる事が出来なくて。声をかける勇気なんて無くて。楽しそうに笑う顔も、柔らかい表情も、瞳に写るものも、一度だって私に向けられた事は無かった。そして、私は気づいてしまったのだ。

あなたの目線の先には、いつも、同じ人がいた。




「あー!……メロ、食べたでしょ」
「何のことかな?」
「惚けないでよ!私が手を洗う前には、確かにここにチョコが置いてあったの!!」
「そんなの知らないよ。どーせ猫か何かが喰ったんだろ」
「メロ、口開けて」
「えっ…何で…」
「いいから早く!」


はメロの口を強引に開け、口内からする甘い匂いと、歯についた茶色の物体を見て確信した。怒りが込み上げてきたのか、彼女は眉をつり上げ、キッとメロを睨みつけた。食べ物が絡むと、彼女はまるで別人の様になる。要は、盗み食いなんてご法度だと言うこと。


「やっぱり食べたんじゃない!許さないんだから」
「お、おい。そんな怒るなよ。チョコなんていくらでもあるだろ?」
「楽しみにしてたのにっ…メロのせいで…うわぁぁーーーーーん!」
「泣くなって、!」


泣きながら、凄い勢いで部屋を飛び出してくる彼女。ドアの近くに居た私の存在には気づくことなく、走り去って行った。ちらと部屋の中を覗くと、ぽつんと取り残されたメロは、ばつが悪そうな顔をしていた。

やれやれ…見てられませんね。

こういう時、たいてい彼女は自分の部屋に閉じこもるのだ。案の定、部屋の前まで行くと、中からは鼻をすする声が聞こえてきた。何処か緊迫した空間の中で、静かに、ドアをノックした。


「だ…れ……?」


シーン。

彼女の問いかけには誰も答えない。不審に想ったは、ゆっくりとドアを開けて、外の様子を伺う。

が、辺りを見回しても人がいる気配は無い。


「………?」


ふと、視線を下にずらすと、一枚のチョコレートが、ドアの前に丁寧に置かれていた。彼女はそれを拾い上げ、また辺りをキョロキョロと見回した。


「誰……?メロ、なの…?」


不意に、彼女の顔に笑顔が零れ落ちた。


おせっかいだとわかってるんだ。
でも、あなたの哀しい顔は見たくない。笑顔のあなたが好きだから。

だから、どんな時も笑っていて欲しい。





パチ…パチ…
外は快晴みたいで、施設の子供達が楽しそうに遊んでいた。だけど私は今日も、一人で黙々とパズルを進めた。これはこれで楽しいのだ。体を動かすよりも、頭を動かす方が、明らかにおもしろいからだ。
もう少しで完成しそうな時に、外からドスン、と何かが落ちるような音が聞こえてきた。気になった私は、窓からこっそりと覗いて見る。すると、其処には尻餅をついたと、それを嘲笑うかの様に立ち尽くす、二人の男が居た。


「おせっかい。チクリ魔」
「うるさいわね!私は注意してあげてるんでしょ?」
「何だと?お前生意気なんだよ」
「そうだ!女のくせに」
「やっちょっ…二人がかりなんて卑怯!」


一人がの後ろに回り、両腕を押さえ込む。彼女の力では、振り払うことも無理であろう。

キリ…と胸が痛んだ。どうすればいい…?が傷つくのを黙って見てるのか…?

いや、こういうのはメロが得意なはずだ。きっと、直ぐに駆けつけて…


「きゃあっ」
「女だからって、手加減はしないからな」


もう一人の男がにやりと笑みを浮かべると、大きく、手を振りかざした。

やめろ……彼女に触るな…!

何を思ったか、気づいた時には私は窓から庭に飛び降りていて、そのままドテッと茂みに倒れこんだ。起き上がって見れば、3人ともが驚いた顔して此方を見ていた。半場やけになった私は、無理やりを男から引き離し、彼女を守る様な形で男達の前に立ちはだかった。


「ニ…ア……?」
には指一本触れさせません」


つい、勢いで言ってしまった。

喧嘩なんて、した事がないのに。殴られたことだって無いのに。
口喧嘩でなら負ける気はしないんですけどね…。


「ちっ…どいつもこいつも」


二人ともまっしぐらに私に向かって来た。ガシッと胸倉を捕まれ、その反動で後ろに倒れこむ。恐怖で心臓が高鳴っていた。今更後悔したって、後の祭りだ。まるで漫画のワンシーンみたいに左右の頬を往復して殴られる。私はただ、そいつを睨みつけることしか出来なかった。

メロはいつも、こんな恐ろしいことをやってたんですね。いつだって、一人で立ち向かって行って…。

喧嘩、出来たらかっこいいんでしょうね…。

が、メロを想う理由がよくわかりました。


「こらっ!あなた達やめなさい…!」


意識が朦朧とする中で、養護のおばさんの声が聞こえた。きっとが呼んできてくれたのだろう。途端に胸倉を掴んでいた手が離れ、首元に感じていた圧迫感から解放された。


「ニア…っ…ニア…」


目の前には、悲しそうな表情で見つめる、の姿があった。ポタ、ポタ、と生温い液体が私の頬を伝う。何度も、何度も。

初めて、その瞳に私を写してくれましたね…。

「泣いて…るんですか?」
「だって…私のせいでっニアが…」
「…何も出来ませんでした。すいません…」
「ううんっ…凄く、かっこよかった…。嬉しかった。ニアが来てくれて、嬉しかった…」


ふわり、と温かい感触に身体が包まれる。嬉しくて、心地よくて、不思議と傷が癒えてくみたいだった。互いを傷つけるだけの喧嘩は嫌いだけど、愛する人の為なら、たとえ自分が犠牲になったとしても何だって出来る気がした。


私はこれからも、あなたを守れるような人でありたい。


「ありがとう、


不意に零れ落ちた雫が、彼女のそれと綺麗に混ざり合った。









なる願いをに込めて