その日はまるで吸い込まれてしまいそうな、綺麗な藍色の空だった。その傍らでポツン、と三日月が輝いてた。 全ての物が無くなった部屋は何処か殺風景で、見てて淋しくなった。 愛用していた鏡台も、彼と一緒に寝ていたベットも、もうこの部屋には無い。 思い出がいっぱい詰まった部屋なのに、こうして見ると、全てが幻だったように思える。隙間から漏れる空気が冷たくて、ぴったりと窓を閉めた。 この窓から見える景色も、きっと二度と見ることはないだろう。
そう、私は明日からこの家を出て行くのだ。彼がそう言ったからでは無く、自分の意思で、そう決めた。だから、もう後悔はしていないはずだ。それなのに…心がもやもやするのは何故だろう。


暗闇の中、窓の外をぼうっと眺めていたら、後ろから声が聞こえた。それが誰だかわかっていた為に、振り向くことが、出来なかった。


「どうしたんですか?電気もつけないで」
「ん、ちょっと物思いに耽ってただけ」
「……明日、ですね」
「……うん」


彼がそれ以上喋らなかったから、もう部屋を出て行ってしまったのだと思った。だけど暫くした後、後ろから包み込むように、抱きしめられて。びっくりして、そのまま動く事が出来なかった。


「何もしてあげられなくてすいません」
「な…に言ってるの、ニアは悪くない」
「こうなってしまったのは、全て私の責任です」
「違う…!!私が…あんな事言い出さなければ…」



私 ガ ア ン ナ 事 言 ワ ナ ケ レ バ










それは、つい一週間前の事。
ニアも仕事が大詰めで、忙しいことはわかってた。ちゃんと愛されてるって事も知ってた。だけど、心の何処かで不安を抱えていて。周りの友達とかはみんな結婚して幸せそうなのに…どうして、普通のカップルのように過ごせないんだろう、そう考えると辛かった。知らず知らずの内に、ひしひしと不安が募っていって、泣きじゃくって嘔吐する日も、しばしばあった。もちろん彼に隠れて、だけど。


そして、今まで我慢してきた事が、ついに爆発してしまったのだ。


「ニア、本当に私のこと愛してる?」
「愛してます。ですが、今の私には仕事が最優先なんです」
「…やっぱり、仕事……」
、わかってください。これは遊びじゃない」
「…そんなの。わかってる」


何故あんな我侭を言ってしまったのだろう。一番理解してあげなきゃいけないのは、私なのに。彼も不安だったに違いない。掴まれた腕が、凄く痛くて。あの時は流石にニアも、本気で怒っていた。


「わかった。家、出てく」


言ってしまった後で、ハッと気づき、口を紡ぐ。初めは驚いていた彼だったけど、「わかりました」と言って掴んでいた手を離した。途端に圧迫されてた腕が、じんじんと痛みだした。
あまりにあっけなく終わってしまったので、頭が追いつかなかった。私は、何て言った…?何を、した?ひょっとして、一番言ってはいけない事を言ってしまった? 走馬灯のように頭の中をぐるぐると言葉達が駆け巡る。それを全て理解したときには、もう、既に遅かった。
本当は止めて欲しかったのかもしれない。彼を、確かめたかったのかもしれない。 そんな理由で、全てが終わってしまうなんて…。


私は、馬鹿だ。











「ニア…これで、よかったんだよね…?」
「今更何を言ってるんですか。あなたの選んだ道でしょう」
「そう、だけど…」
「幸せになってください」


彼の言葉一つ一つが、心に突き刺さって、泣かずには居られなかった。肩が小刻みに揺れるのが、自分でもわかる。最後は、笑って別れようと思ってたのに…。情けない自分に、腹が立った。


「……最後に」
「……?」


不意に顎を引き寄せられ、横を向いた瞬間。
ニアは、私に触れるだけのキスをした。


「ニ、ア…」
「元気で」


そう言って哀しそうに笑うと、彼の腕は静かに離れて行った。私には、その腕を引き止める勇気も無くて。ただ、ただ、泣くことしか出来なかった。唇にはまだ彼の温もりが残っていて、もう、二度と触れる事が出来ないのだなと思うと、酷く哀しかった。


夜空に浮かぶ月の下に、2粒の雫がこぼれ落ちて、月も、泣いてるみたいだった。







悲しいワルツを







title by ロメア