積み上げたサイコロの山。一つ一つ、崩さないように念入りに積み上げていく。それはまるで何処かにある塔みたいに、綺麗にかたどられて行った。
はこれが苦手だった。3段くらい積み上げたところで、中々積みあがらないことに腹を立てたのか、いつも途中で崩してしまって。結局大人しく私の隣に座って、「ニアは起用だねー」とか「ホント憎いなぁ」とか、嫌味をよく零された。そんな事言う彼女がとても可愛らしくて、気が付いたら抑えきれないほど、好きになっていた。
今頃後悔するなんて、馬鹿げてる。彼女が家を出て行くと言った時、本当は凄く哀しかった。行かないで欲しかった。傍を離れないで欲しかった。何故、あの時引き止められなかったのだろう。あんなにもあなたを失う事を恐れていたのに…。
もう今更何をしても遅いことはわかってた。
だけど、最後にもう一度だけ、の声が聞きたいと思った。
「リドナー」
「はい?」
「お願いがあります。あなたの、携帯電話を貸して頂けませんか?」
「携帯、ですか?もちろんいいですけど…」
リドナーは不思議そうに思いながらも、私に携帯電話を手渡した。
プッ―
電源ボタンを押し、そして何の躊躇もなく、ボタンを次々と押していく。少し緊張しながらも、全てのボタンが押し終わった携帯を耳元へと運んだ。プルルル―呼び出し音が、耳中に響く。
リドナーはその様子を見て察しがついたのか、気を利かせて部屋を出て行った。
部屋にただ一人、私だけを残して。
6コールを過ぎても、彼女が電話に出る事は無かった。知らない番号だから躊躇っているのだろうか。10コールしても出なかったら諦めよう―そう思ったとき、コール音がプツッと途切れた。
「もしもし?」
受話器の向こう側から、愛して已まなかった声が自然と溢れてきて。信じられなさに、私は中々言葉を出せないでいた。
トクン―
声を聞いただけなのに、胸が苦しくなるのは何故だろう。
「もしもーし?誰ですかー?」
「………」
「…ひょっとして、ニア?」
「…!」
「嘘…本当に、ニアなの?」
「…お久しぶりです」
ガタガタッ―受話器から、椅子からずり落ちたのか、それとも何処かに身体をぶつけたのか、騒々しい音が聞こえてきた。その姿が容易に想像出来て、不意に口元が緩んだ。きっと本人も自分から電話があるなんて思ってもみなかったのだろう。
おっちょこちょいなところは、今も変わらないんですね…。
少し時間が経った後で、再び彼女の声が聞こえてきた。
「あは…びっくりしちゃった。…久しぶりだね、ニア」
「は相変わらず元気そうですね」
「…うん。ニアも、元気そうね」
「はい」
暫く沈黙が続いた。苦になるはずの沈黙は、今は心地よいものに感じられた。
離れ離れになった私達を、唯一繋いでいてくれるもの。その向こうには、大好きだったあなたが居る。
頬に笑窪を作って笑いかけてくれる、可愛くて、優しくて、愛しい人。
もう一度、あなたの声が聞けてよかった―。
「では…そろそろ切りますね」
「…え?う、うん…またね」
「はい…また。」
"またね"
もう、二度と会うことはない。お互いそうはわかってても、やっぱり「さようなら」を口に出す勇気は無かった。それを口にしてしまったら、もう本当に望みも何もかも失ってしまうから―。
ディスプレイに表示される『通話中』の文字を見つめながら、ゆっくりと親指を電源ボタンへと移動させた。これを押すだけで私達の距離は簡単に遮断されてしまう。ボタン一つ、押すだけで。
何秒時間が経ったのだろうか。私はまだ、ボタンを押せないで居た。
「ニア…」
ふと、受話器から聞こえる声。私は慌てて携帯を元の場所へ戻した。
「ねぇ…ニア。会いたい。会いたいよ…」
「…今更会って、どうするんですか?」
「わからない…でも、会いたい…」
「私は…またあなたを傷つけるかもしれない」
「それでもいい。ニアの傍に居たいの…」
ぎゅっと、心臓を掴まれた感じがした。
もう戻ってきてくれないだろうと思っていた。私の事なんか、忘れてしまっていると思っていた。
"傍に居たい"その言葉が、どれほど嬉しかったか―。
「。あなたの部屋は何時でも空けてあります」
「……?」
「あなたが好きな時に、帰ってくればいいんですよ」
「っ…本当、に…?」
「はい。」
は泣きながら、何度も「ありがとう」と呟いた。冷たい機械から溢れる、愛しい人の声。聞くだけで、募っていた不安なんか吹き飛んでしまうほど、安心できた。
本当は、弱い自分を見せたくないだけだったんだ。こんなにもが好きで、こんなにもを大切にしているのに…。それを行動や言葉で表現するのが苦手なだけで。
もう一度やり直せるのなら、出会ったところからはじめよう。
そして私は何度でも、あなたに恋をするのだ。
零から始めよう