後ちょっと…後ちょっとで、届きそうなのに。
この中指さえ長ければ…。やっぱりチビって何処までも不利。


木に引っかかってしまった風船を、私は必死の思いで取ろうとしていた。格闘し始めて早5分。諦めの悪い私はどうしてもあの風船を取りたくて、ぴょんぴょん飛び跳ねたり、木によじ登ってみたりした。だけど、風船を掴むどころか、触れる事さえも出来なくて。
悔しい…!無性に腹が立った私は、憎しみを込めて思いっきり木を蹴飛ばした。その瞬間、足に激痛が走る。「痛ったぁ!」予想外の痛さに、私はその場にしゃがみ込んだ。

ひょっとしたら、自分は思っていた以上に馬鹿かもしれない。



「ばーか」


後ろで声がするのと同時に、ふっと地面に影が出来た。上を向いてみれば、メロの顔が逆さに見えた。ドキリ。心臓が跳ね上がる。
いつから見られてたのだろう、メロはいつもいきなり現れるから嫌なんだ。心の準備すら、まだ出来てないのに。メロはくっくと笑いながらも、ひょいっと風船を取ってくれた。そして頭をポン、と叩いて、私にそれを手渡す。ぎゅっと紐を握りながらも、私は俯いたままでいた。

また、子ども扱いされた…。


「相変わらず成長してないな」
「五月蝿いなぁ!メロが変わりすぎなんだよ!」
「俺そんな変わったか?」
「ほら。前は"俺"なんて言葉、使わなかったじゃん!」


「そういえばそうだな」なんて、納得するようにメロは頷いた。そして彼が手を引くのと同時に、私も立ち上がった。お尻についた砂を、パッパッと軽く払う。
ずるい。メロばっかり大人になって、何で私は子供のままなんだろう…。相手にしてもらえないのはわかってる。メロにとっては私はただのガキに過ぎなくて。私を恋愛対象として見るのは、有り得ない事だと自分でも痛いほど感じていた。


「じゃあな」
「え!もう行くの?」
「当たり前だろう。俺は今忙しいんだ」
「そっか…」


メロは私の頭を軽く撫でると、そのまま背を向けた。彼が歩く度に、どんどん私達の距離は遠ざかって行く。

まるで、儚い恋心のように。


「待って…!」


気づいたら、メロのジャケットの裾を掴んで、呼び止めていた。メロはぴたりと歩を止め、私の方へと振り返る。


「どうした?」
「…ほっぺか、御でこでいいから、キスして」
「はぁ…?」


何でそんな言葉が出たのかわからない。普通、順番どおりで言ったら「好き」が先だろう。それでも今のどうしようもない気持ちをメロにぶつけるには、それが丁度よかったのかもしれない。


「メロ、お願い…」


ぎゅ、と目を瞑り、奥歯を噛み締めた。これじゃあ、まるで今から殴られるみたいな状況じゃないか。

もう叶わない恋でもいい。子供扱いされても構わない。
だけど、メロの温もりだけは覚えておきたい―。

メロが私の前髪を上げて、くいっと顎を引く。そして、ゆっくりと、顔を近づけてきた。
ドキドキドキドキ…心臓が破裂するんじゃないかってほど、脈打っていた。




「…っ…?」


メロは、てっきり御でこにキス、してくれるのだと思った。

だけど。


彼の唇は、まさに私の唇の上に重なっていて。


「続きは大人になってからな」


そんな事を耳元で囁かれて、私の顔はボッと真っ赤に染め上がった。
それを見たメロが、また小さく笑った。




いつの間にか握っていた風船は、何処かに消えてしまっていて。
空を見上げれば、赤いそれが高く高く昇って行くのが見えた。


まるで、空に吸い込まれるように―。