「此処に居たんですか」


背中から聞こえてくる二アの声。じゃり、じゃり、小石の擦れる音が段々と近づいてきて、それは私の真後ろに来てぴたりと止まった。不意に零れ落ちた涙が、次第に地面を黒く染めて行く。私は振り向く事が出来なくて、黙ったままずっと下を見据えていた。


「…何しに来たの」
「あなたが泣いてるのでは無いかと思って」


「泣いてないよ」すぐにバレるような嘘だった。

泣いたって何も変わらないのは知ってる。真実を突きつけられた以上、もうそれを動かすことなんて出来ないのだから―。だけど、止まらないのだ。本当は泣きたくなんてないのに、自然と涙が溢れてしまう。彼が好き過ぎて…だから、あなたがこの施設を出て行くと言ったとき、胸が潰れるほど哀しかったんだ。


小さな沈黙。地面に長く伸びていた影が小さくなると共に、彼の両腕が後ろから伸びてきて、そのままぎゅっと抱きしめられた。瞬間温かい感触に包まれて、震えていた身体は魔法をかけられたみたいにスッと静まっていった。頭のてっぺんに、二アはそっとキスを落とす。


「私には、あなたが必要です」


耳元で囁かれると同時に、溢れるほどの涙が幾度も頬を伝った。彼らしくない、とても弱々しい声。
「一緒に来てくれませんか?」背中から投げかけられた言葉に、私は何も言わずただ一度だけ首を縦に振った。